「何故かが分からないと先に進めない子供」と「役立つことが分からないと先に進めない子供」に虚数(複素数)を教えること


「虚数って何?意味あんの?」と高校生に言われたらどう答えるか

では、

  • この2次方程式は実数解を持たない。でも、「解なし」じゃ困る。どうしても解がほしい

と思えるような、2次方程式の例を考えました。

この話は、つい先日話題になっていた

「何故かが分からないと先に進めない子供」と「役立つことが分からないと先に進めない子供」(togetter)

に、まさに当てはまる話だと思っています。

ということで、「何故かを知りたい派」と「役立つことを理解したい派」の納得の仕方にも色々あるよね、という話と、
特に、
「何故かを知りたい派」にとって理解しづらい、「役立つことを理解したい派」が本当に知りたいことが何なのかを考えてみたいと思います。
ちなみに私は、どちらかと言うと「役立つことを理解したい派」です。

「何故かを知りたい派」への説明

ここで言う「何故」とは、「何故○○が成り立つのか」という原理の説明です。

複素数について、「何故」を説明するとしたら、

  • 矛盾なく四則演算が行えること

を示せば十分です。
別の言い方をするとこうなります。

  • 2つの実数の組からなる集合に加法と乗法を定義し、体になることを示す(交換法則、結合法則、分配法則、逆元の存在)。そしてこれを複素数と呼ぶ

こうやって定義した数の拡張概念を使えば、実数解を持たない2次方程式も解けますよね、ということです。

この「何故」をもっと突き詰めるとしたら、

  • このように演算を定義するのは必然なのだろうか?他の演算規則ではだめなのか?
  • 2つの実数の組ではなく、3つや4つになったらどうなのか?
  • 確かにこれで2次方程式は必ず解けるようになったけど、今度は複素数係数の2次方程式を解くために新しい数を定義しなきゃいけなくなって、きりがないんじゃないの?

といった疑問が考えられます。
1つ目の、「他の演算規則ではだめなのか?」を疑問に持つ人には、例えば

としてもよいよね、ということを説明すればよいでしょう。
確かにこれでも交換法則、結合法則、分配法則、逆元の存在も成り立ちます。
しかも、

なので、2乗すると -1 になる数も含まれています。
こんな風に、本質的に同値な定義は色々可能なのですが、その中で一番簡単なものを使うと複素数の表現になるわけです。

2つ目は、ハミルトンの四元数の話になります。
四元数は、交換法則が成り立たなくなるので、「交換法則も成り立つ複素数」の立ち位置が理解できます。

3つ目は、実はそうではなく、また、それこそが複素数を特別重要なものとして考える意味だということになります。
これは代数学の基本定理そのもので、厳密に証明するのは高校数学の範囲では大変ですが、

の解を求めるなどすれば、理解はできるでしょう。

「何故かを知りたい派」にも色々ある

今ここで話題にしているのは、「何故かが分からないと先に進めない」という各人の個人的な感覚についてなので、重要なのは本人が「納得」することです。
「何故かを知りたい派」であっても、そこまでの厳密さは求めない人には以下の説明の方が響くかもしれません。

数直線があります。

数直線

数直線

この上に虚数はありません。
虚数は数直線の外にあります。

数直線と虚数単位

数直線と虚数単位

iをこのように数直線の外に置けば、a+bi もこの平面上に表せます。
複素数の掛け算は、拡大と回転を表します。
特に、i倍は90°の回転を表します。

要するに、複素平面の説明です。
あくまで「納得」の問題なので、これで
「ああ、複素数の掛け算は回転なのか」
と腑に落ちればそれで十分です。

こんな説明で十分でしょうか?

学校の先生は上記のような話を丁寧に、分かりやすく、生徒のレベルに合わせて説明すればよい、
と思う人には何の問題もありません。
ですが、これだけでは学ぶモチベーションが全く湧かないという人もいるのです。

「役立つことを理解したい派」が知りたいこと

「役立つことを理解したい派」が知りたいこと、というか、私が聞きたかったことは何かを書きます。

「何故かを知りたい派」にとっては、

役に立つ例が知りたいんでしょ?
例えば電気の計算とか、量子力学とか。
ってか、理系の分野だったら必ず使うから。

で説明完了でしょ?
と思うみたいなのですが、いや、そういうことじゃないんですよ。

もちろん、こう言われただけで「役立つことが理解できた」という人もいるでしょうが、大事なのは「本人の納得」なのです。
「ああ、こういう風に役に立つのか!」という実感なのです。

交流回路のインピーダンスの計算をしたことがあれば、
「ああ、あの計算が楽になるのか」
と納得できるかもしれませんが、そうでなければ、「なるほど!確かに役に立つ!」という感覚には至りません。

「じゃあ、実際に計算してみればいいのね」
というと、そんなに簡単な話ではありません。
天下り的に式だけ渡されても、計算結果にありがたみがなく、「役に立った」感が得られないのです。
電気について、まずそもそもその回路のその値を計算することがどう役に立つのかを納得する必要があります。
加えて、その計算で複素数をどうしても使わなければならないのか、つまり、代替手段が本当にないのかも重要な点です。

こうしたことも含めてきっちり説明してくれるなら「ああ、役に立つな」と納得できるのですが、ここまでやるのはなかなか大変です。
そこまでやると、もう電気の授業になってしまいます。

実際には、「役立つことが理解できた」のレベルは人それぞれで、

  • 理系だったら必ず使うよ

で納得する人もいれば、もう一歩具体的に、

  • 電気の計算で使うよ

で納得する人もいるでしょう。
あるいは、

  • 電気の計算で使うよ。これがないと、スマホやパソコンどころか、冷蔵庫も洗濯機も掃除機も動かないよ

と言われて納得する人もいるでしょう。

ただ、私にとっては、こういう役に立つ応用の先と、実際に複素数を使った計算式とがつながって初めて「ああ、こういう風に役に立つのか」という感覚が得られるのです。

個人的には、

三次方程式の解の公式(カルダノの公式)で使う。
3つの解が全て実数の場合でも、虚数を使わないと解の公式が作れない。

というのを、実際に解の公式を求めて、具体的な値を入れて試して、というところまでしっかりやるのが一番納得が行くと思っています。
当時の人達が、こんな怪しげな「数」は受け入れられないと思っていた、という点も重要です。
それを乗り越えてでも使いたいほど有用性があったということが一つ。
もう一つは、「存在する/しない」の議論になっていたところをどうやって数学的に意味のあるものとして再定義して理論を組み立てていったのか、です。

ただ、三次方程式の解の公式は、計算が大変です。
そこまでやらなくていいから、

  • この2次方程式は実数解を持たない。でも、「解なし」じゃ困る。どうしても解がほしい

という、もっと簡単な例はないの?と思ったのが、前回の記事の意図です。

なお、

  • 複素平面を使えば平面図形の問題(特に図形の回転に関わるもの)が解ける

というのは、確かにそうなのですが、敢えて複素数を学ぶ理由付けとしては弱いかな、と思っています。
「じゃあ3次元の図形問題はどうすればいいの?」と言われても答えられないからです。
3次元の図形の回転や拡大を扱おうと思ったら、行列を使うことになるので、だったら、2次元の図形問題も、行列を使った方が汎用的です。

「ああ、確かに役に立ちそうだ」の感覚は人それぞれ

「学校の先生はこうやって教えてくれたらよかったのに!」
「教科書にこう書いてくれていたらよかったのに!」

という、私の個人的な思いを書きましたが、「役立つことを理解したい派」であっても、「違うそうじゃない」と思った人は多いのではないでしょうか。

「ああ、確かに役に立ちそうだ」の感覚は人それぞれだということです。

  • 将来就こうと思っている職業で必要かどうか

これを納得できて初めて「役に立ちそうだ」と思える人もいるでしょう。
知らなくて済むなら勉強したくないと後ろ向きに考えるなら、

  • 複素数を知らないとなれない職業を除外していった先に、「この職業になってもいいかな」と思えるものが残っているかどうか

が重要かもしれません。
あるいは、

  • 「教養として知っておくべき」と言えるほど重要な概念なのか

がポイントになる人もいるでしょう。

一方で、私にとっては、

  • 三次方程式の解の公式に必要

は、それだけでもう「役に立つ」なのです。
というのも、「二次方程式が解けたら今度は三次方程式も解きたいよね?」というのは、自然な拡張であり当然の欲求なので、それ以上の動機づけは必要としないのです。
はっきり言って、理系の研究職を含むどんな職業に就いたって三次方程式の解の公式なんて使うことはないのですが、そんなことは関係ありません。

自戒を込めて言いますが、というか、別に数学の教師じゃないので自戒する必要もないのですが、私がもし数学の教師になっていたとしたら、三次方程式の解の公式を示して生徒に「ほら、役に立つでしょ?」と言っていた可能性が高いです。
調子に乗って、「五次以上の方程式には解の公式が存在しないんだよ」と、ガロア理論の説明を数時間に渡って始めそうです。
解析接続、リーマン予想、素数!素数!ほら、勉強する気になってきたでしょ?みたいな。

冒頭に紹介した、
「何故かが分からないと先に進めない子供」と「役立つことが分からないと先に進めない子供」
という話は非常に重要で、しかしその話には続きがあって、
「役立つことがわかった」と納得するのに必要な説明は人それぞれだよね、ということです。

人によっては、

  • あのビートたけしが数学は重要だって言ってた

これだけで、高校数学が丸っと全部「役に立つこと」に含まれて勉強する気になることだってあるでしょう。

以上のように、「役立つことを理解したい派」にも色々あることを理解した上で、

  • 「虚数 意味ない」

でググった人の参考になったり、

  • 実数解を持たない二次方程式をどうしても解きたいことなんてあるの?

と質問された先生が説明するネタに使ってくれたらいいな、というのが前回の記事の意図です。

みなさん、複素数の導入には納得していましたか?

私と同じ感覚を持っていた人がどれくらいいるかわかりませんが、「役立つことを理解したい派」の人のうちの少なからずは、

  • 複素数はよくわからなかったが言われるがままに計算していた

から始まったのではないでしょうか?
それがずいぶん経ってから、

  • 「なくてはならない」レベルで役立っている。当たり前のものとして使っている。

に変わったか、

  • 一切使っていない。忘れた。

になったか。

複素数は、数学の単元の中でも特に、「何の役に立つのか」の疑問がないがしろにされて、「後で必要になるから今は黙ってやれ」になりがちだと思うのですが、いかがでしょうか。

みなさんは、
「何故かを知りたい派」と「役立つことを理解したい派」のどちらでしたか?
(あるいは、どちらでもないか)

複素数の説明には納得していましたか?

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